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親日国ウズベキスタン、青の都サマルカンド、ドラクエの世界【世界ふしぎ発見!】 [テレビ]

6月15日に放送された「世界ふしぎ発見!シルクロードの親日国 青の都・ウズベキスタン」を見ました。

青の都と呼ばれ、地球上で最も美しいと言われる都市サマルカンドや、首都のタシュケント(タシケント)などが紹介されました。

実はウズベキスタンは親日国としても知られています。

一度行ってみたいウズベキスタン、今回はこの番組を紹介したいと思います。

スタジオのゲストは村雨辰剛(むらさめたつまさ)さん、前田敦子さん、染谷将太さん。

村雨さんはスウェーデン出身で、日本に帰化して庭師として活動している方です。NHKの「みんなで筋肉体操」に出演したことで一気に有名人となりました。

前田さんと染谷さんは映画「旅のおわり世界のはじまり」の撮影でウズベキスタンを訪れ、ロケをしたそうです。

前田敦子さんはウズベキスタンの観光大使も務めています。



●青の都サマルカンド

世界一美しい都と言われるサマルカンドは、青を基調としたタイルが使われたイスラム教のモスクや霊廟が並んでいます。

ドラゴンクエストの世界観のモデルになったとも言われています。

中国の陶磁器とペルシャの顔料が使われているという、シルクロードの文化によって作り出されたモザイクタイルです。

さらに、建造物の内部は金箔が一面に施されていて、豪華絢爛。

14世紀、中央アジアに大きな勢力を持っていたティムール帝国。
その首都としてサマルカンドが作られたのです。

サマルカンドで食べることができるお米の伝統料理「プロフ」は、一度に1000人前を作るという国民食。
西洋のピラフの原型とも言われています。
発音も似ていますよね。



●サマルカンドの美しい工芸品

サマルカンドは雑貨天国とも言われ、市場では食器や衣類などの美しい工芸品が売られています。

伝統衣装のアドラスは約2,500円。

ウズベキスタンではハイパーインフレが起こっており、現地通貨の20,000スムは約260円。

地元の人も札束を持ち歩いて買い物をしています。

ただ、ハイパーインフレでも人々が貧困にあえいでいるような感じではなかったですね。番組で触れられないだけかもしれませんが。。。
市場の人たちは、ミステリーハンターが買う雑貨を安くしてくれていました。



●伝統の布地、スザニ

スザニと呼ばれるウズベキスタン伝統の刺繍入りの布。
バッグや家具カバーなど、家中に使われています。

ウズベキスタンの女性は小さい頃から母親や祖母からスザニを習っていて、嫁入り道具のようなものなのだそうです。

3歳の少女が刺繍を習っているところも紹介されました。

細かい作業を半年から1年も続けて完成されるというスザニ。

旧ソ連の支配下に置かれ、機械化が進んだ時代もあり、スザニを作る人が激減したこともあったそうです。

しかし、手縫いのスザニはとても丈夫で、200年前のものもしっかり残っていました。

母親があえて未完成のスザニを娘に送る習慣があり、美しい模様を娘が完成させることで技術を継承していくそうです。


一つ目のクエスチョンは、スザニの小袋の使い道。
ウズベキスタンで多くの人が持ち歩くという小さなスザニの袋には何を入れているのでしょうか。




正解は・・・・・・・・

tea1.png
お茶!

ウズベキスタンの男性はチャイハナという集まりをよくするそうで、
そこでお茶を飲みながら世間話をするそうです。



●副首相直々のガイドツアー

現れたのはウズベキスタンの副首相アジズ・アブドウハキモフさん。

日本好きで、学生時代に日本に留学していたのだそうです。

流ちょうな日本語で話し、ミステリーハンター一行を案内していました。
副首相の権限で警察を動かし、パトカーに先導されて渋滞を避けていました(笑)

また、テレビ局の社長も同席し、ミステリーハンターが地元テレビ局に取材され、インタビュー番組などに出演していました。


●ポピーの真っ赤な絨毯

副首相と始めに訪れていたのは国の最南部のスルハンダリア州、テルメズ市。

ここでは草原の真っ赤な絨毯、ポピーの群生地がありました。

ウズベキスタンの国土の80%は砂漠ですが、春には砂漠の大地に草花が広がるのだそうです。

ポピーの開花のシーズンには少しずつ南から北へ開花するらしく、日本の桜前線のように、ポピー前線が北上していくそうです。



●喋るカラス、ゴシャ

次に副首相と訪れたのは「喋るカラス」ゴシャくん。

自分の名前「ゴシャ」、飼い主の名前「ショディベック」、「オタホン ヤシボリン(おじいさん行ってらっしゃい)」など、渋い声で言っていました。
全部で32の言葉を話せるそうです。



●親日国ウズベキスタン

ミステリーハンターがテレビ局に出演したり、市場で安くしてくれたり、ウズベキスタンの人々は日本人にとても優しくしてくれます。

その理由を探りに訪れたのは、首都タシケントのナボイ(ナヴォイ)劇場。

レンガ造りで3階建ての大きなオペラハウスです。

この劇場は、実は日本人によって造られたのだそうです。

地元の人も学校でそのことを習うので、日本人には親しみがあるそうです。


ここを建てたのは、戦後強制労働にあたった日本人たちです。
60万人ともいわれる日本人が第二次世界大戦の敗戦後に旧ソ連で強制労働を強いられた「シベリア抑留」。

ウズベキスタンでも、レーニン政権樹立30周年を祝うためのナヴォイ劇場建設に日本人が働かされました。

捕虜という身分でも日本人労働者は真面目に働き、
1947年、劇場は予定よりも1年以上早く完成しました。

劇場は美しい見た目に加え、構造もしっかりしており、
1966年にタシケントを襲った大きな地震でも倒壊せずに現地住民たちの避難所となったそうです。

ナヴォイ劇場以外にも、ウズベキスタン中に日本人の捕虜が当時造った建造物が残されているそうです。

草野さんの父親もウズベキスタンの隣国、カザフスタンで強制労働をしていたそうです。

ウズベキスタンで働き、ナヴォイ劇場の装飾なども担当していた
94歳の新家(にいのみ)さんという方に東京で話を聞いていました。

新家さんによれば、ウズベキスタン人もソ連の支配によって抑圧されていて、捕虜の日本人たちと心を通わせていたのだそうです

新家さんは日本に帰国後も4度もウズベキスタンを訪れています。
街中でも、日本人と知ると現地の方々がとても良くしてくれて、急に家に招かれてお茶をするというようなこともあったそうです。

さらに、新家さんは抑留から帰国する船の中で黒柳徹子さんのお父さん、黒柳守綱さんにも会っていたのだとか。
黒柳守綱さんは「日本クラシックの父」とも呼ばれる有名なバイオリニストです。

昭和24年11月22日、高砂丸で日本に帰国した際、G線上のアリアを弾いてくれという人のリクエストに応え、バイオリン弾き語りをしていたそうです。

徹子さんは父親について、江戸っ子であまり当時を詳細に語ることはなかったと言っていますが、こうして他の方から当時の話を聞くことはあるらしく、感動していましたね。

ウズベキスタンでも、当時を知るラキルさんという方に話を聞いていました。

野菜や果物を日本人に差し入れ、毎回日本人たちは丁寧にお礼をしてくれたと言っていました。

お礼に日本人は廃材で家具を造っていて、ウズベキスタンの人々も日本人たちを抑留者ではなく、職人として見ていたとのことです。


ふたつめのクエスチョンは日本人が廃材から造った家具から。
日本人がウズベキスタン人が困っているのを見てプレゼントした家具が、資料館に展示されています。その家具とは・・・。




正解は・・・・・・・・

ゆりかご!
泣いている赤ちゃんを抱っこしてあやすウズベキスタンの人を見て、日本人の抑留者が廃材から造ったのだそうです。
その赤ちゃんから三代にわたって実際に使われたのだそうです。
当時の日本ではゆりかごというものはあまりなく、現地で見たものから着想を得て造ったのだと思われています。


近年になって、日本からウズベキスタンには桜が1,300本送られました。

戦争、敗戦という悲しみを背負いながらも、真面目に働くことで後世にもつながる絆を作った日本人の先代たちはとても偉大だな、と思います。



●東部の小さな街リシタンの日本人学校

リシタンはその昔、シルクロードの街として栄えましたが、今は人口2万人ほどの小さな街。

この街に、流暢な日本語を話す子供たちが通う日本人学校があるのです。

NORIKO学級というこの学校は、無料で授業をしているのだそうです。

駐在員としてリシタンに赴任してきた大崎さんと妻の紀子さんが創立したこの学校。
大崎さん亡き後も、ウズベキスタン人の校長先生が意思を継いでいます。

先生たちは皆、現地の日本人や留学生、旅行者などがボランティアで行っていて、これまで授業をした先生の数は5000人を超えているそうです。

しかし、寒さの厳しい冬は旅行者が少なく、先生が足りないことも。
そんな時も、生徒同士で教えたり、自主的に勉強したりしているそうです。

こうした努力から、これまで100人以上、日本の大学に生徒を送り出しているそうです。

日本語弁論大会での優勝者も多数出しています。
ある生徒が流暢な日本語で発表していたのは、お母さんについて。

イスラム教では、「天国はお母さんたちの足もとの下にある」ということわざがあります。
これは、天国に行くよりもお母さんを大切にするほうが良いということを言っているのだそうです。

家族への優しさにあふれることわざですね。

日本に行ったことのない生徒たちも、とても流暢な日本語を話していてびっくりしました。


第3のクエスチョンは、NORIKO学級の生徒、アサドベクくんが日本の高校を訪れた際に見て驚いたこと。
ウズベキスタン帰国後もそれをNORIKO学級でも導入したのだそうです。




正解は・・・・・・・・・

school_chiritori_houki.png
掃除!

外国では清掃員がいるため、生徒が掃除をするという文化があまりないようですね。


黒柳さんがパーフェクトを達成していましたね。

とても美しく、優しい人たちが住むウズベキスタン、是非行ってみたいです!



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